不眠症の漢方治療 |
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現在、不眠症の薬物療法の主流になっているベンゾジアゼピン系の睡眠薬は即効性があり効果が確実ではあります。しかし、睡眠薬の短期・長期の副作用や睡眠薬のみに依存したくないと考えている患者さんもいます。さらには睡眠薬の服用に対して罪の意識を持つ人さえいます。 このような背景から、睡眠薬の減量や離脱を目的に漢方の併用や、さらには漢方薬のみでのコントロールを希望する人が徐々に増え、不眠に対する漢方治療の必要性は増加しています。 |
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処方の実際不眠は、体を構成する気、血、水、五臓六腑のバランスの乱れから起こるため、この歪みを治すことが根本治療につながります。漢方薬は、直接に睡眠を誘導するというよりも、抑うつ、不安、焦燥などの自然な睡眠を妨げている要因を除去し、気、血、水、五臓六腑のバランスを整えることによって間接的に不眠を改善していると考えられます。 |
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柴胡剤(柴胡を主薬として配合された一連の処方)柴胡には現代医学的に抗ストレス作用があることが知られており、漢方では肝の気の流れを整える生薬の一つです。一般に柴胡剤を用いる場合の目安として、腹診により自他覚的に認める季肋部の腹壁筋群の緊張(胸脇苦満:きょうきょうくまん)があります。胸脇苦満は長期にわたる精神症状の失調により見られる腹証であるため、罹病期間の短い短期的な精神症状では認めないこともあります。そのような場合、ストレスを有する患者では交感神経が優位にあり脈拍が速くなるため、脈診(数脈:さくみゃく)が参考になります。胸脇苦満や数脈が診られる場合は柴胡剤の適応になります。
(理)気剤 (気の流れを整える働きを持つ処方の総称)心因性の身体症状は一般に気の失調として考えます。身体症状に加え、気分の閉塞感や息苦しい感じ、喉に何かが詰まっている感じなどを訴える場合は、気のうっ滞と考えて、まず(理)気剤を使用します。
承気湯類承気とは「順気」の意であり、気を巡らせることを指しています。本来消化管から排泄されるはずの便(邪)が停滞すると消化管の蠕動運動の調和が乱れ、脳腸連関により精神の異常につながります。承気湯類に含まれる大黄が瀉下作用のみならず向精神作用を示すのは、瀉下による消化管運動の改善に起因します。承気湯類は厚朴、枳実、大黄、芒硝などが配合されており、虚実で区別して使い分けます。 |
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眠れるようになるための、5つの生活習慣アドバイスよく眠るためには、生活のリズムを整えることも大切です。5つの生活習慣アドバイスをご紹介します。できることから、取り入れてみてはいかがでしょう。 1. 規則正しい生活と食事を心がける 2. 日中、適度な運動をする 3. ぬるま湯で入浴 4. 就寝前に喫煙やカフェインをとらない 5. 寝る前にスマホを見ない 「よく眠れない…」という人は、悩みを抱え込まず、専門機関を受診することをおすすめします。自分でも気がつかない不眠の原因が明らかになるかもしれません。不眠の原因は別の病気だった、という場合もあります。 |
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別項 | |||||
不眠 | |||||
不眠とは、満足すべき睡眠がとれないと自覚することです。睡眠時間が非常に短くても本人が満足していれば不眠ではなく、逆によそ目にはよく眠っているように見えても本人が不満であれば不眠です。眠りの障害には、寝つきが悪くてなかなか眠れない・睡眠が浅くすぐに目覚めてしまう。夢ばかり見て寝た気がしない・睡眠時間が短くて朝早く目覚めてしまう。終夜一睡もできないといったさまざまな程度があります。五臓の一つである心は火臓で陽に属し、意識は心神が主っています。太陽が天にあって陽気が盛んな日中は、心神が活発で意識が晴明であり眠ることは少なく、太陽が沈んで陰気が盛んになる夜間には、心神が安静になって意識は沈潜し眠りに入ります。安静になるべき夜間に何らかの原因により心神が乱されると、不眠が発生するのであり、古人は「けだし寐(び)は陰にもとづき、神はその主なり、神安んずれば即ち寐(い)ね、神安んぜざれば即ち寐(い)ねず」と総括しています。なお、発熱・考え事などによる一時的な不眠、異常な暑さや寒さ・不適当な寝具・お茶など興奮性の飲料の摂取・騒音などによる不眠、咳・疼痛・?痒など他の原因による不眠は、本項には含めません。 |
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急性の不眠 | |||||
急性に発生する不眠は原因が明らかなことが多く、経過はさほど長くはありません。 ただし、状態によっては慢性への不眠へと移行することもあります。、 |
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心火 | |||||
強い不眠・悶々として夜通し眠れないことが多い、夢をよく見てすぐ目が覚める、胸が暑苦しい・焦燥・動悸・顔面紅潮・口が苦いなど。 | |||||
思い・悩み・恋情・過度の喜びなどによって、心気が過度に亢進して化火し、心火が心神を激しく乱すために不眠をひきおこす病態です。治療が不適切で原因が取り除かれないと持続する心火が陰血を次第に消耗して心陰虚や心腎不交などに移行します。 | |||||
症状 | |||||
強い不悶々として夜通し眠れず、眠っても夢をよく見てすぐに目覚め、胸が暑苦しい・焦燥・動悸・顔面紅潮・口が苦い・舌尖がしみるように痛む・口内炎の多発・舌尖が紅などの上部の激しい興奮症状がみられます。 | |||||
治療法 | |||||
心火を冷まして心神を安定させる「清心安神」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
清心火の黄連・オウゴン・山梔子・生地黄・連翹、安神の朱砂・磁石・竜骨・牡蛎、心火を下降させ尿から除く木通・甘草梢など。 | |||||
方剤例 | |||||
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やや慢性に経過し、のどの渇き・ほてりなどの陰虚の症状、あるいは元気がない・疲れやすいなどの気虚の症状を呈する場合は、滋陰の玄参・生地黄を増量したり、補気の人参を加えます。 | |||||
方剤例 | |||||
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肝鬱化火 | |||||
あれこれ考えたりいらいらして眠れない、夢をよく見てすぐ目覚める・怒りっぽい・眼の充血・頭痛・耳鳴り・胸脇部が張って苦しいなど。 | |||||
精神的ストレス・怒り・情緒の抑うつなどで肝気が鬱し、化熱して肝火となって心神を擾乱するために不眠が生じる病態です。多くの場合に肝火が心にも波及して心火をひきおこし、心肝火旺の状態ねなって甚だしい不眠が発生します。 | |||||
症状 | |||||
あれこれ考えたりイライラして寝付けず、眠っても夢をよくみてすぐに目覚め、朝早く起きてしまい、怒りっぽい・目の充血・頭痛・耳鳴り・胸脇部が張って苦しい・舌の先辺が紅などの症状をともないます。心肝火旺では、心火の症状もみられます。 | |||||
治療法 | |||||
肝気を疏通し肝火を清泄して心神を安定させる「清肝解鬱・安神」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
清肝解鬱の竜胆草・柴胡・オウゴン・山梔子、安神の竜骨・牡蛎・朱砂など。 | |||||
方剤例 | |||||
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胃気不和 | |||||
なかなか寝付けず、夢をよく見てすぐに目覚める。腹満・げっぷ・腹痛などをともなう。 | |||||
暴飲暴食・飲食の不摂生・就寝前の飲食などにより胃内の食滞を形成し、不消化物による濁気が心神を上擾するために不眠が生じる病態です。ヨガなどで寝る前に胃中の残渣を吐き戻すように指示しているのは、このためです。 | |||||
症状 | |||||
なかなか寝付けず、眠っても夢をよくみてすぐ目覚め、腹満・げっぷ・腹痛などをともないます。 | |||||
治療法 | |||||
食滞を除き胃気を正常化する「消食和胃」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
消導の麦芽・穀芽・ライフクシ・サンザシ・神キク、和胃の半夏・陳皮、瀉火の大黄など。 | |||||
方剤例 | |||||
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慢性の不眠 | |||||
多くは原因がはっきりしていませんが、からだの内部の状態が失調し心神が不安定になって不眠を生じているので 失調を矯正しなければ安眠は得られません。内部状態を改善せずに、痰に睡眠剤に頼ってもその場しのぎにすぎず 逆に睡眠剤への依存や副作用によって変調がより甚だしくなり、ついには救いがたくなります。 また、精神面だけの治療で肉体面を改善しなければ、十分な治療になりえません。漢方薬は西洋薬の入眠剤や安定剤 のように確実かつすみやかな効果をもたらしませんが、内部状態を次第に改善して自然の睡眠へと向かわせる 着実な効力を期待できます。 |
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痰熱擾心 | |||||
いらいらして寝つきが悪い、夜中に驚いて目を覚ます、夢をよく見る、こちが苦い・吐き気・嘔吐・痰が多い・胸苦しいなど。 | |||||
飲食の不摂生・飲酒癖などで脾気がとどこおって痰湿が生じ、痰湿が胆気を鬱滞させて胆火をひきおこし、そのために痰湿が化熱して痰熱を生じたり、熱病の邪熱によって津液が濃縮されて痰熱が生じ、痰熱が上行して心神を乱すために不眠が生じる病態です。 | |||||
症状 | |||||
いらいらして寝つきが悪い・夜中に驚いて目を覚ます・夢をよくみるなどとともに、口が荷が・吐き気・嘔吐・痰が多い・胸苦しい・黄色くべっとりとした舌苔などが見られます。 | |||||
治療法 | |||||
熱を冷まして痰を除去する「清熱化痰」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
竹茹・半夏・胆南星・枳実・黄連・柴胡など。 | |||||
方剤例 | |||||
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肝鬱血虚 | |||||
いらいらして寝付けない、眠りが浅い、怒りっぽい・ゆうつ・ため息・顔色につやがない・胸脇部が張って苦しい・月経不順など。 | |||||
精神的ストレス・緊張などによって肝気の疏泄が失調し、血を消耗したり脾胃の運化を失調させて気血の産生が不足するために、肝血が虚して肝気をさらに失調させ、このために心神が乱されて不眠が発生する病態です。 | |||||
症状 | |||||
いらいらして寝付けない・眠りが浅い・すぐに目が覚めるなどとともに、怒りっぽい・ゆうつ・ため息・顔色につやがない・胸脇部が張って苦しい・月経不順・舌質が淡・弦を張ったような細い脈などがみられます。 | |||||
治療法 | |||||
肝の疏泄を順調にして鬱滞を解くとともに、肝血を滋養し肝気を柔順にし、心神を安定させる「疏肝解鬱・養血安神」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
疏肝解鬱の柴胡・青皮・香附子・センキュウ、養血柔肝の白芍・当帰・熟地黄、健脾により生血を助ける白朮・茯苓、安神の酸棗仁・柏子仁など。 | |||||
方剤例 | |||||
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心脾両虚 | |||||
眠りが浅く夢をよく見る、夜間に目覚める、顔色につやがない・」動悸・物忘れ・食欲不振・倦怠感・日中に眠い | |||||
過度の思慮や過労による心血の消耗と脾気の損傷で、心血と脾気の両面が不足し脾による気血の生成も不足するため、心血の濡養が不十分になり心神が不安定になり不眠が生じる病態です。栄養不良による精神不安定に相当し、日常的によく見られます。 | |||||
症状 | |||||
眠りが浅く夢をよくみて夜間によく目が覚める、顔色につやがない・動悸・物忘れなどの心血虚の症状、および食欲不振・疲れやすい・倦怠感・日中に眠いなどの脾気虚の症状をともない、舌質が淡白・脈が細で無力をともないます。 | |||||
治療法 | |||||
脾気を健運させて気血の産生を促し、心血を滋養して心神を安定させる「益気健脾・補血養心」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
益気健脾の人参・黄耆・白朮・炙甘草、養血安神の当帰・白芍・熟地黄・竜眼肉・酸棗仁・遠志など。 | |||||
方剤例 | |||||
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心陰虚 | |||||
寝つきが悪い・眠りが浅い・夢をよく見る・すぐに目が覚める・動悸・焦燥感・物忘れ・熱感・頭面部のほてり・口内炎など。 | |||||
精神的ストレスの持続・慢性病・熱病などによって心の陰血が消耗し、陰血による滋養を得られないために心神が不安になり不眠を生じます。陰血不足による内熱をともなうのが特徴です。 | |||||
症状 | |||||
寝つきが悪い・眠りが浅い・夢をよく見る・すぐに目が覚めるなどとともに、動悸・焦燥感・物忘れ・からだの熱感・頭面部のほてり・口内炎・舌質が紅・舌苔が少ない・脈が細く速いなどがみられます。 | |||||
治療法 | |||||
陰血を滋養することにより心神を安定させる「滋陰養血・安神」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
滋陰養血の生地黄・熟地黄・玄参・天門冬・麦門冬・白芍・当帰、養心安神の丹参・柏子仁・酸棗仁・五味子など。 | |||||
方剤例 | |||||
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心腎不交 | |||||
焦燥感があって夜通しねむれない、動悸・口内炎・頭のふらつき・熱感・のどの渇き・腰や膝がだるく無力。 | |||||
慢性病・熱病・過労・精神的ストレスなどで腎の陰液が不足し、心の陰液を滋潤できないために心火が抑制されないまま上亢したり、心火が熾盛で次第に陰血を消耗して腎陰が虚し、心火が上亢して下交せず、腎水が不足して心を助けないために重度の不眠をきたす病態です。太陽が水を温めて水蒸気が上昇するように、心火(心陽)が下行して腎水(腎陰)を温め、腎水が上行して心の陰液を滋潤するという「水火既清」心腎相交」の状態が正常であり、心火と腎ミスが相交しないこの病態を「心腎不交」といいます。 | |||||
症状 | |||||
焦燥感があって夜通し眠れず、何度も寝返りをうち、動悸・口内炎・頭のふらつき・からだの熱感・のどの渇き・腰や膝だるく無力・舌質が紅・舌苔が少ない・脈が速いなどともないます。 | |||||
治療法 | |||||
心火を清するると同時に腎陰を滋潤して、水火既済を回復させる「清心火・滋腎陰・交通心腎」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
清心火の黄連・オウゴン、滋腎陰の阿膠・生地黄・白芍、交通心腎の鶏子黄など。 | |||||
方剤例 | |||||
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心胆虚怯 | |||||
怖くて一人で寝られない、ビクビクして驚きやすい、すぐに目覚めておびえる、元気がない・動悸・落ち着きがないなど。 | |||||
先天的虚弱・過労・高度の精神的ストレス・慢性病などのために虚弱で心神が不安なものが、驚いたり恐怖にさらされ、胆気が虚してさらに驚きやすくなり、心神不安が甚だしくなった病態です。 | |||||
症状 | |||||
怖くて一人で眠ることができず、ビクビクして驚きやすく、すぐに目が覚めておびえ、元気がない・動悸・落ち着かないなどがみられます。 | |||||
治療法 | |||||
元気や機能を高めて驚かないようにし、心神を安定させる「益気定驚・安神」を行います。 | |||||
主な薬物 | |||||
益気安神の人参・茯苓・茯神、鎮心定驚の竜骨・牡蛎など。 | |||||
方剤例 | |||||
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不眠について | |||||
不眠には虚実の別があるので、まず虚実を弁別する必要がある。虚証の不眠は慢性に発症することが多く、血虚・気虚・陰虚の違いがあり、陰虚・血虚がよくみられる。治法は扶正を主とし、安神を補助とする。実証の不眠は急性に発症することが多く、邪が心神を擾乱して生じ、一般に寝つきが悪くじっとしていられない。鬱根T心火・痰熱などの別がある。治法は清熱瀉火・清熱化痰などで、邪をのぞけば心神も自ずと安定する。 | |||||
文献 | |||||
{景岳全書・雑証謨・不寝}{温病条弁・下焦篇} | |||||