吐気・嘔吐
吐気・嘔吐
吐き気は「悪心」「嘔気」ともいい、ムカムカして吐きそうな感じをさします。「嘔」は「ゲーッ」と音がして吐きそうになること、「吐」はものを吐き出すことです。「嘔吐」はゲーッと音がして吐き出すこと(有声有者)で、嘔だけで吐かない(有声無物)ことを「乾嘔」「からえずき」と称し、嘔をともなわずに吐き出すだけ(無声有物)の事もあります。いずれも胃の症状であり、飲食物を受納して下降させる筈の胃気が、逆に上方に向かってしまう(上逆)ために生じます。かなり大きの原因があります。
原因がわかりやすいもの
飲食・下界の環境・精神的刺激など、わりあいに明らかな外因によって急激にあるいは反復して発生する吐気・嘔吐です。反復するものは体質との関連性も認められます。発熱にともなう吐気・嘔吐は「かぜによる発熱」を、急性で下痢をともなう場合は「吐き下し」を、めまいをともなうものは「めまい」をそれぞれ参照。
食滞
吐き気・嘔吐・腹満・腹痛・腐臭のあるげっぷ・食べ物をきらう・嘔吐やげっぷや下痢をすると気持ちがよいなど。
暴飲暴食・消化の悪いものの摂取・食べすぎなどで、飲食物が胃内に停留して胃気の通降を阻滞するために、胃気が上逆して急性に発生する吐き気・嘔吐です。
症状
吐き気・嘔吐とともに腹満・腹痛・腐臭のあるげっぷ・食べ物を嫌う・厚い舌苔などがみられ、嘔吐したり
げっぷが出たり下痢をすると気持ちよくなります。
治療法
飲食物の消化吸収をつよめ、胃腸の働きを正常化して嘔吐を止める「消食導滞・和胃降逆」を行います。
主な薬物
消食導滞の麦芽・穀芽・タイフクシ・シンキク・サンザシ、和胃降逆の陳皮・半夏など
方剤例
保和丸 枳実導滞丸
                    
寒邪犯胃
胃部の強い疼痛と吐き気・水様物の嘔吐、生つばが湧く・胃部の冷え・胃が動かないなど。
生もの・冷たいものの飲食や下界の寒冷などによって寒邪が侵入し、凍結の性質を持つ寒邪が胃気を凝滞させて上逆させるために、急性に発症する吐き気・嘔吐です。いわゆる「胃けいれん」に相当します。何度も反復してこの状態が生じるのは、胃気虚・胃陽虚の体質で寒邪に対する抵抗力が弱いことを示します。
症状
急激に生じる胃部の強い疼痛とともに吐き気・水様物の嘔吐があり、よだれや生つばが湧く・胃部の冷え・胃が動かない・紫色の唇・水っぽいぜった胃などをともないます。
治療法
胃内を温めて胃気を正常化する「温胃散寒・降逆止嘔」を行います。
主な薬物
乾姜・生姜・高良姜・半夏・呉茱萸など
方剤例
半夏乾姜散 安中散 良附丸
何度も繰り返す場合には、益気の人参・白朮などを加えて、普段から服用させます。
人参湯 呉茱萸湯
胃熱
吐き気・乾嘔・呑酸、強い口臭・がっぷ・咽の渇き、灼けるような胃痛・尿が濃い・便秘など。
辛辣なもの・あぶらっこいもの・味の濃いものの摂取や飲酒癖などにより、胃気が鬱して化熱し、胃熱による胃気上逆をひきおこした病態です。胃粘膜の炎症で生じる吐き気・嘔吐に相当します。長期にわたると邪熱が陰液を損傷するので胃陰虚を生じます。
症状
吐き気・乾嘔・嘔吐・呑酸・(酸っぱい液体がこみ上げる)などとともに、強い口臭・げっぷ・のどの渇き・灼けるような胃痛・尿が濃い・便秘・舌質が紅・黄色い舌苔などがみられます。
治療法
胃の炎症をしずめて熱を冷まし胃気を下降させる「清胃降逆」をおこないます。
主な薬物
清胃の黄連・升麻・石膏・血も・大黄、和胃降逆の竹茹・枇杷葉など。
方剤例
三黄瀉心湯 黄連解毒湯 清胃散 白虎湯 調胃承気湯
肝気犯胃
精神的ストレスや情緒の変動にともなう吐き気・乾嘔・嘔吐・胸脇部が張って苦しい・腹満・ゆうつ・いらいら・怒りっぽいなど
緊張・精神的ストレスなどにより肝気が鬱し、肝気の疏泄が失調して胃気を擾乱し、上逆させる病態です。神経性の吐き気・嘔吐に相当します。
症状
精神的ストレスや情緒の変動にともんsって吐き気・乾嘔・甚だしいと嘔吐が生じ、胸脇部が張って苦しい・腹満・ゆううつ・いらいら・怒りっぽいなどがみられます。
治療法
情緒をのびやかにして自律神経系を調整し、肝の疏泄を正常化して胃気を和降させる「疏肝理気・和胃降逆」を行います。
主な薬物
疏肝理気の柴胡・香附子・厚朴、和胃降逆のの半夏・陳皮など。
方剤例
小柴胡湯 大柴胡湯 四逆散 半夏厚朴湯 調胃承気湯
妊娠悪阻
胃につながり妊娠に直接関与する経絡である衝脈・仁脈の二脈が妊娠によって旺盛になるために、胃気を上逆させて吐き気・嘔吐をひきおこします。いわゆる「つわり」であり、生理的な反応でもありますが、異常に激しいものあるいは長期にわたるものは病態です。病的なものについては、ここではのべていません。生理的な反応でもあるので、一般的には対症療法として胃気を下降させます。
主な薬物
半夏・生姜・枇杷葉・竹茹など
方剤例
小半夏加茯苓湯 橘皮竹茹湯
酒病
いわゆる「二日酔い」に相当します。酒は湿体に熱性を兼ねたもので、少量では気血を推動して精神・肉体を快調にしますが、過度に飲むと湿を停滞させたり内熱をひきおこし、湿や熱が胃気を上逆させて吐き気・嘔吐・吐き気が生じます。
治療法
湿と熱を除いて胃気を正常化する「去湿清熱・和胃降逆」を行います。
主な薬物
和胃降逆の半夏・陳皮、化湿清熱の茯苓・沢瀉・黄連・オウゴンなど。
方剤例
葛花解醒湯 半夏瀉心湯
暈車・暈船
いわゆる「乗り物酔い」です。胃中に停滞した留飲が、乗り物によって引き動かされ、上逆するために吐き気・嘔吐が生じます。対症療法として降逆止嘔すればよいでしょう。
主な薬物
半夏・陳皮・茯苓など。
方剤例
小半夏加茯苓湯 半夏瀉心湯
眠くならず非常に有効です。乗り物に乗る前に服用するほうがより効果的です。
原因がはっきりしないもの
これといったあきらか原因がな反復したり慢性に経過する吐き気・嘔吐であり、体質とみなしても差し支えありません。対症療法に近い西洋医学的治療がまったく無効な状態です。
胃虚
慢性病・老化・先天的虚弱・熱病による消耗などで生じる、胃の機能面・物質面の不足です。
@胃気虚
吐き気・嘔吐・食欲不振・食べられない・少し食べると胃が張る・疲れやすい・元気がないなど
慢性病・老化・先天的虚弱などで胃気が不足するために、胃気が和降できずに上逆して吐き気・嘔吐があらわれる病態です。病後の衰弱時に短時間発症するほか、多くは反復します。
症状
吐き気・嘔吐のほかに、食欲不振・食べられない・少し食べると胃が張る・疲れやすい・元気がない・舌質が淡・白い舌苔・脈が弱いなどの症状がみられます。吐き気・乾嘔が反復して現れることもよくあります。
治療法
胃気を下降させて本来の機能つよめる「和胃降逆・益気」を行います。
主な薬物
和胃降逆の半夏・生姜・陳皮、益気の人参・白朮・茯苓など
方剤例
小半夏加茯苓湯(軽症) 六君子湯(重症) 香砂六君子湯(重症)
A胃陽虚
吐き気・嘔吐・食欲不振・食べられない・少し食べると胃が張る・疲れやすい・元気がない・
冷え・寒がる・生つばが湧く・よだれ・胃が冷えて痛むなど。
胃気虚の程度が進み、胃陽の温める力が不足して虚寒を呈し、胃気が下降できずに上逆して吐き気・嘔吐をひきおこす病態です。機能低下とともにエネルギー代謝の減弱による寒冷の症候を呈する状態に相当します。
症状
胃気虚の症候以外に冷える・寒がる・口中に生つばが湧く・ゆだれ・胃が冷えて痛む・水っぽい舌苔・脈が遅いなどが見られます。
治療法
胃を温め胃気を下降させることにより本来の機能を回復させる「温胃降逆・益気」を行います。
主な薬物
温胃降逆の呉茱萸・生姜・乾姜、益気の人参・白朮など
方剤例
呉茱萸湯 人参湯
B胃陰虚
吐き気・乾嘔・吐物は少量・のどの渇き・水分を欲しがる・腹はすくが食べられない・胸やけなど。
熱病による体液の損耗・激しい嘔吐による胃液の消耗、あるいは慢性病・老化などにともなう消耗で、胃陰が不足して胃気が養われないために上逆する病態です。胃の物質面が不足して機能が正常に働かなくなった状態に相当します。
症状
吐き気・乾嘔が主体で、嘔吐しても吐物は少量であり、のどの渇き・水分を欲しがる・腹はすくが食べられない・胸やけ・舌質が紅で乾燥・舌苔が少ない・脈が速いなどをともないます。
治療法
胃の陰液を滋潤して胃気を正常化する「滋養胃陰・降逆」を行います。
主な薬物
麦門冬・玉竹・石斛・沙参・生地黄・玄参など。
方剤例
麦門冬湯 沙参麦門冬湯 益胃湯
胃中留飲
吐き気・水様物の嘔吐・乾嘔が反復、食欲不振・胃部のグル音・胃部膨満感・胃が重いなど。
先天的ky弱・慢性病・疲労の蓄積・老化などが原因で、脾気が虚して水液を吸収・運輸する力が低下したために、水飲が胃中に停滞し、胃気をとどこおらせたり上逆させる病態です。吸収されない水分が胃内に停滞し、おりにふれて吐き気・嘔吐を発生させる状態に相当します。乗り物酔いの大多数がこれをもとに発症します。
症状
おりにふれて吐き気・水様物の嘔吐・乾嘔などが反復し、食欲不振・胃部のグル音・胃部膨満感・胃が重いなどをともないます。あおむけに寝かせて胃部をたたくとジャボジャボと水のおとがする(振水音)のが特徴です。
治療法
胃の蠕動を促進して胃中の留飲を除くとともに、脾の吸収・運輸を強めて水飲を産生しないようにする「行気利水・健脾」を行います。
主な薬物
枳実・陳皮・半夏・生姜・茯苓・白朮など。
方剤例
茯苓飲
留飲がほとんど除去できれば、健脾の六君子湯・啓脾湯などを服用し、水飲が賛成しないように防止します。
湿阻胃気
胃の粘膜のカタル性の病変
外界の湿気による湿邪の侵襲、あるいは飲食の不摂生・飲酒癖・あぶらっこいものものや味の濃いものの嗜好などで脾胃の運化が失調して生じた内湿で、内外の湿邪が胃気を阻滞し上逆させるために吐き気・嘔吐がひきおこされる病態です。胃の粘膜のカタル性の病変に相当します。
@湿困
反復する吐き気・嘔吐・食欲不振・腹満・からだが重だるい・軟便気味など。
湿邪による胃気の困阻です。単純なカタル性の病変に相当します。
症状
反復する吐き気・嘔吐とともに、食欲不振・腹満・からだが重だるい・軟便気味・白くべったりとした舌苔などがみられます。
治療法
湿邪を除いて胃気を回復させる「去湿和胃」を行います。
主な薬物
カッコウ・陳皮・半夏・厚朴・蒼朮など。
方剤例
平胃散 二陳湯 カッコウ正気散 半夏厚朴湯
A湿熱
反復する吐き気・嘔吐・食欲不振・腹満・からだが重だるい・軟便、強い口臭・胃痛・尿が濃いなど。
湿熱の邪が侵襲したり、湿邪に困阻された胃気が化熱し湿邪と結びついて湿熱に変化し、さらに胃気を阻滞し上逆させる病態です。辛辣なものや酒などの嗜好この病変へ移行させることが多いのです。胃の炎症をともなうカタル性の病変に相当します。
症状
湿困の症状以外に、強い口臭・胃痛・尿が濃い・黄色くべっとりとした舌苔・脈がやや速いなどの症状がみられます。
治療法
使途を除き炎症をしずめて熱を冷まし胃気を正常にさせる「去湿清熱・和胃」を行います。
主な薬物
清熱化湿の黄連・オウゴン・インチン・山梔子、去湿和胃の半夏・陳皮・竹茹など。
方剤例
半夏瀉心湯 黄連温胆湯